分析機能

Ion Scattering Spectroscopy

イオン散乱分光

背景

イオン散乱分光 (ISS) は、イオンビームが表面で散乱することを利用する分析手法です。散乱したイオンの運動エネルギーを測定します。試料表面の原子からのイオンの弾性散乱に対応してピークが観察されます。試料表面の各元素が、入射イオンと原子の間の運動量移動により生じた異なる測定運度エネルギーでピークを生成します。散乱したイオンと散乱した原子は、通常は質量が異なり原子とイオンの総運動量は一定に保たれます。従って最初の「固定」原子が反動するときには、散乱したイオンからいくらかの運動エネルギーが失われます。失われるエネルギーの量は、原子とイオンの相対質量によって決まります。

イオン散乱分光の概要。

イオン散乱スペクトルは通常試料内の各元素に一つのピークを含み、元素の相対原子質量に関連してエネルギーが分離されています。同じ元素の同位体分離は、通常は一次イオンが He+ より重い必要があります。強い散乱シグナルは試料の最表面層に限られるため、ISS は極めて表面敏感です。このため、試料表面がより清浄でなくてはならず、ごく少量のコンタミネーションでさえイオン散乱スペクトルに大きな影響を及ぼします。

ISS はエネルギー損失技術であるため、各ピークの運動エネルギー (Es) は、入射イオンビームのエネルギー (Eo) によって変わります。ISS を扱う際の関連する量は、散乱イオンエネルギーと入射イオンエネルギーの比 E/Eo です。イオンが散乱する角度 (θ) も重要です。イオン源と検出器が固定されているところでは、この角度は計算に含めなければならないパラメーターになります。

計算

下記の式は、散乱イオンピークのエネルギーがその他の関連因子とどのように関係するかを示しています。

Es = 散乱したイオンの運動エネルギー
M1 = 散乱したイオンの相対原子質量
Eo = 一次イオンビームの運度エネルギー
M2 = 散乱させる側の表面原子の相対原子質量
θ = 散乱角

装置が決まっている場合、θ は通常は定数です (Thermo Scientific ESCALAB 250Xi システムでは、イオンガンと入力レンズの角度が 50ᵒ であるため θ は 130ᵒ)。M1 は、1 次イオンに対する定数です。1 次イオンは、通常は He ですが、Ne、Ar、その他の不活性ガスの場合もあります。Eo は、通常与えられた実験について定数です。従って、この式は、散乱させる側の原子の質量 M2 をスペクトル内でのそのピーク位置から導き出すか、または与えられた原子のピークの位置を予測するのに使用できます。

実験時には、Eoが不明な場合もあります。その場合は、標準試料を使用してエネルギーを較正します。標準試料は、できれば金など M2 の分かっている純粋な金属を使用します。いったん標準試料からの散乱ピークエネルギーが測定できたら、残っている未知数は Eo だけなので、これを計算で導くことが可能です。いったん Eo が分わかったら、ISS の主目的は、通常エネルギー Es の散乱ピークを質量 M2 の原子を関連付けることです。この式は、(M2/M1) の二次方程式に変形して簡単にすることができます。

M = (M2/M1)、E = (Es/Eo)、C = cos θ、S = sin θ とすると、次の式が導けます。

これを解くと次の式が得られます。1 次ビームエネルギーが計算できたら、この式を使って、散乱する側の原子の質量をその ISS ピークの運動エネルギーから導き出すことができます。

この例では、一次イオンエネルギーが未知です。散乱スペクトルを取得するのに ESCALAB 250Xi を使って、エネルギーが 1 keV までの He+ イオンが金基板から散乱させます。金からの散乱に起因する強いピークが 877 eV の運動エネルギー部分に観察されます。従って、M1 = 4、M2 = 197、θ = 130ᵒ、Es = 877 となります。一次ビームエネルギー Eo は、式の最初の部分を使って次のように計算されます。

=937

従って、一次ビームエネルギーは 937 eV となりました。

これにより、その他の散乱エネルギーでのピーク値も決定できます。762 eV にある弱いピークは次の式を使用して検討できます。

E = Es/Eo = 762 / 937 = 0.813

C = cos 130ᵒ = -0.643

S = sin 130ᵒ = 0.766

これらの値を代入すると、M2 の値 63.7、つまり銅からのピークの値が得られます。Es/Eo 比は、表面の原子の原子量と 1 次イオンの性質によって変わります。

イオン散乱スペクトル

エネルギーが 970 eVの He+ イオンと散乱角 130° を使用したCu、Ag、および Au からのイオン散乱スペクトルの例です。測定前には試料表面はエッチングされ、炭素と酸素のコンタミネーションの大部分を取り除きました。銅と銀の ISS スペクトルに、400 eV KE までのごくわずかに残留している酸素のピークが見られます。Ag スペクトルには、60 eV までに何らかの構造があります。ISS の低 KE 領域は、スパッタされた Ag イオンに対応しますが、これが 0 ~ 200e V KE の低い運動エネルギーのスペクトルに寄与します。

一次イオンの選択

酸素、銅、およびスズの存在を示す、リン青銅試料からのイオン散乱スペクトル。このスペクトルは、1 keV での He イオンを使用して取得しました。

通常、ISS の一次イオンには希ガスが使用されます。これにより、反応性の高い材料を使っていても表面のコンタミネーションが回避されます。前述の式から、検出できる表面原子は、一次イオンよりも大きい質量を持つものだけです。従って、ヘリウムが最も幅広い質量範囲の検出を可能にします。ヘリウムで検出できない元素は水素だけです。

質量分解能は原子量が小さくなると減少するため、上の図では、O と Cu の間で約 400 eV のエネルギー分離が生じていますが、Cu と Sn の間では 100 eV 未満です。この結果は、Sn と Cu の質量差が Cu と O の質量差よりはるかに大きくてもピークの間隔は小さくなります。もっと優れた質量分解能が必要な場合は、目的の原子よりは軽い範囲内で可能な限り重い希ガスイオンを使用する必要があります。たとえば、上の図と同じ試料に対してアルゴンイオンを使用すれば、十分二つの銅同位体を区別できるだけの質量分解能が得られます。

質量分解能

酸素、銅、およびスズの存在を示す、リン青銅試料からのイオン散乱スペクトルです。このスペクトルは 1 keV で He イオンを使用して取得しました

ISS 用のイオン種としてのヘリウムは元素組成の同定を可能にしますが、Na より重い元素では分解能大きく失われます。E0 近くのピークの自然幅は、通常エネルギー値の 2% 程度です。一般に、質量が大きくなると、質量分解能は急速に減少します。質量分解能は、イオンを検出する角度にも左右されます。最初のリン青銅スペクトルは収集角度 20° を使って得られたものですが、二つ目のスペクトルを得るには角度を約 3° に小さくしなければなりませんでした。イオンビームのエネルギーの広がりも同様に質量分解能に影響します。